プロフィール

埜鷹

  • Author:埜鷹
  • since:2004/11/12

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

リンク

白く、近く、柔らかに。

森博嗣 - 著作物

フリーエリア

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

空想と妄想の境界線
どうせなら、手首より首が良い。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

兄貴にくびったけ。くびったけってどういう意味だろ。
違いについて、考えよう。
空想と妄想の境界線。

空想と妄想、そして暴走。
これらの違いについて、私の中で結論が出ない。

空想と妄想はイマジネーションの世界であり架空のもの、
暴走は実際に行われるなんらかの現実的行動である事が多い。
このような区分からすれば、最も大きな影響力を持つのは暴走であると思われる。
つまり空想と妄想の違いはエネルギー量であって性質的な違いは無いということか。

簡単な考え方としてはこのように納得できる。
しかし人類の歴史には過去の偉人が残した言葉がある。
それらは言葉によって本質を見出し、人の認識という閉塞を破壊する。
今回の問に関わるその言葉を以下に挙げよう。

「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ!
その時スデに行動は終わっているんだッ!

名言である。
JとOを2度繰り返す事でハートを震わせる人間なら知らぬ者はいまい。

この言葉は実際の行動よりも決意することが重視されている。
つまり行動とは思考の帰結ではなく残滓だと評される訳だ。
この論もまた価値観として高く評価出来るものだと思う。
精神論と笑う者もあるかもしれない。
しかし物質主義が生み出す精神と肉体の乖離は問題だ。
利己的で曖昧な法律制度で人間がすべて判断できる訳がないのだから。

どちらの考えもまた正しいのかもしれない。
大切なのはバランスだ。意志を持ち行動を起こす、それができれば喜ばしい。
少々物理主義に傾倒しすぎている現状は改善を望むが、
それもまた真、理解の容易い基準も必要と言えよう。

私もまた日々の生活の小さな要因を顧みて、
意志を持った行動が出来ているのか再度確認してみることにしよう。
スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://hawker.blog2.fc2.com/tb.php/82-29e81f2f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。