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青かった。
今日は晴れてほしかったのにダメダメで一日中グンニョリしてました。
埜鷹です。こんばんわ。

なぜ晴れてほしかったか、というと
前に書いた「接近遭遇」の収集中に見つけた記念日が4月12日だったから。

世界宇宙飛行の日。1961年4月12日。
それは大陸間弾道ミサイルを改良して作成されたA-1ミサイルによって
ユーリ・ガガーリン少佐の搭乗するボストーク1号が打ち上げられた日。
つまり世界初の有人宇宙飛行が成し遂げられた日である。
「地球は青かった」と言えば分かるだろうか。
この言葉は大抵の人が一度は耳にしている言葉だと思う。

当時の世界情勢を考えれば、
この挑戦が純粋な知的探求ではないことは想像に難くない。
代理戦争という側面、国家の威信、そんなものを背負わされての挑戦。
そんな時世が恨めしい事は事実だ。
失敗時の隠蔽工作もしっかり準備されていた、などと聞くと
ガガーリン少佐以前に隠蔽された失敗例も存在するのではなどと邪推してしまう。
それでも、示された結果は偉大であり、揺るぐ事の無い価値がある。
この偉業に携わった方々には純粋な喝采を贈りたいと心から思う訳である。
だからこそ晴れてほしかったのだが残念だ。。。

この有人宇宙飛行に関して、
私が正しく認識していなかった点が2点あったので特筆。

・「地球は青かった」について。
 日本語訳の際の問題かなにかだと思っていたが、
 「青かった」と過去形になっていることは間違いではないらしい。
 つまり、軌道上における地上との通信時の発言ではなく
 地上への帰還後に手記として発表された言葉らしい。
 根拠もなく軌道上での発言だと勘違いしていたのがちょっと恥ずかしいです。
 
・続きがあった。
 「地球は青かった」で有名だが、実際には続きがある。
 「地球は青かった。しかし、どこを見回しても神はいなかった。」とのこと。
 なにげに文学的な表現なのがちょっと笑えますが「青かった」だけより良い。
 世界的には後半の方が有名らしいですが、なんで日本は「青かった」だけなんでしょうね。
 やっぱり宗教的な問題でしょうか。
 なんにせよ「これ本番ですか?」よりは遥かにマシなのは否定しようの無い事実ですな。

何の操作もすることなく、ただ1時間48分乗り続けただけと思う人もいるでしょうが、
私は彼の功績(または彼らの功績)を高く評価します。
34歳の若さでこの世を去った英雄へ、安らかな眠りを願って。
今回はこの辺でお開きと致します。
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