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空想と妄想の境界線
どうせなら、手首より首が良い。
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兄貴にくびったけ。くびったけってどういう意味だろ。
違いについて、考えよう。
空想と妄想の境界線。

空想と妄想、そして暴走。
これらの違いについて、私の中で結論が出ない。

空想と妄想はイマジネーションの世界であり架空のもの、
暴走は実際に行われるなんらかの現実的行動である事が多い。
このような区分からすれば、最も大きな影響力を持つのは暴走であると思われる。
つまり空想と妄想の違いはエネルギー量であって性質的な違いは無いということか。

簡単な考え方としてはこのように納得できる。
しかし人類の歴史には過去の偉人が残した言葉がある。
それらは言葉によって本質を見出し、人の認識という閉塞を破壊する。
今回の問に関わるその言葉を以下に挙げよう。

「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ!
その時スデに行動は終わっているんだッ!

名言である。
JとOを2度繰り返す事でハートを震わせる人間なら知らぬ者はいまい。

この言葉は実際の行動よりも決意することが重視されている。
つまり行動とは思考の帰結ではなく残滓だと評される訳だ。
この論もまた価値観として高く評価出来るものだと思う。
精神論と笑う者もあるかもしれない。
しかし物質主義が生み出す精神と肉体の乖離は問題だ。
利己的で曖昧な法律制度で人間がすべて判断できる訳がないのだから。

どちらの考えもまた正しいのかもしれない。
大切なのはバランスだ。意志を持ち行動を起こす、それができれば喜ばしい。
少々物理主義に傾倒しすぎている現状は改善を望むが、
それもまた真、理解の容易い基準も必要と言えよう。

私もまた日々の生活の小さな要因を顧みて、
意志を持った行動が出来ているのか再度確認してみることにしよう。

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しない道。
常識。その差異の大きさ。それが人の不幸。

自分の常識に囚われる事のないように。
他人の常識を理解する事を忘れずに。

可能な限りの長寿を望む人がいる。
短命で散ることを望む人もいる。

寄り添う伴侶を望む人がいる。
己のままにその生涯を望む人もいる。

一般的である事を誇るな。悔むな。
一般的でない事を嘆くな。喜ぶな。

選定する者こそ愚か者であると知れ。
どちらもまた真なのだ。
片方を選ぶ必要など無い。
そのどちらをも含有できる存在であれ。
選択による歪な安定に逃げるな。
思考の閉塞は死と同義だと知るのだ。


なぜ?
予想や想像はいくらでもできるよ。
でもね、正解は本人にしか辿り着けないんだよ。

刷新用強制排除
今日もまた
肌と視線に晒されて

僕は一歩も進めない
どちらも変わりはしないのに
どちらも変わりはしないから

僕は静かに目を閉じる
どこも見たくない
幸せは僕の中にだけ

それでは駄目だと誰かが言う
目を開けろ 前へ進め

なんて大きな正義
まるで純白の画用紙のよう

僕は僕は
どこに行けばいいの
どこを見ればいいの

---------------------

だから僕は
F1モナコGPを見ることにする



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